人それぞれかとおもうのですが、僕のタイミングいくつか紹介していきます。
台湾での出来事 その1
一番大きなタイミングは台湾でのある出来事がきっかけでした。
前職ではとある装置の開発等に関わっており(*1)、台湾の新竹にあるTSMC(*2)に訪問した時のことです。たぶん2007年ぐらいのことでしょうか。当時、約20代後半~30歳ぐらい。
弊社営業マン一人(40代)と技術者一人(僕)、現地の代理店営業一人(40代)の三人組で、購買のキーパーソン・女性・40代-50代ぐらい(*3)に会いにいきました。この頃から購買も女性が多かったです。お察しください。
営業マン一人と現地の代理店営業は英語が達者だったので、私を除く三人で商談をして、技術的な事柄についてついては日本語で私に聞くという会議でした。
納期交渉・値段交渉も厳しく会議は長時間にわたり、営業マン一人と現地の代理店営業は日本の工場に電話をするという体でタバコを吸いに外に行きました。
で、購買のキーパーソンと僕の二人きりになりました。英語で喋っていたのですが、詳細はわすれたので意訳でお届けします。

お前、さっきから黙っとるけど、英語しゃべれへんのか?(意訳)

喋れんのですわ。堪忍して。(意訳・つたない英語)

何年英語勉強したんや??ワレ(意訳)
(交渉が長くなってイラッとされてます。)

えーーーーと、中学3年、高校3年、大学4年、院2年(内講義ないので1年),
約12年ぐらいでしょうか。。(意訳・長いしつたない英語)

自分な、12年も勉強したらな話せなあた〇おかしいんちゃうんか?ん、あぁ??(意訳)
(おばちゃんに大マウント取られてます。張りのない会話におばちゃんイラッと来てます。)

技術的なことばっかりに気をとられて怠ってました。や~、誠に申し訳ございません。善処します。(意訳・長いし言い訳。)

言うても、お前も必要やろ。現に今や。ホンマ、しょうもない男やで。(意訳)

すんません。。
ここで大マウントとられ大会は終了でした。
タバコ休憩に行っていた二人が帰ってきて、何事もなかったかのように、納期交渉から会議再開ですそして、会議終了。去り際、握手後以下のように言われたとか、言われなかったとか。

ちゃんと英語勉強しいや。(意訳)
TSMC去り際、代理店の人の社内に乗りながら、営業の人から『2人で何を喋ってたん?』と質問されて、上記のような内容でしたと。
『確かになぁ、一応、営業として喋ってるけど、そんなにうまくないんよ。w』とやさしくフォローしてくれました。
(*1) 全然キラキラした花形の装置じゃないです。端の端のホントに泥臭い装置です。
(*2) Appleとかの半導体製造を行っている台湾の半導体最大手。
(*3) 後日、日本の半導体装置メーカーに聞いたが、半導体では有名人だったらしい。良い意味か悪い意味かは知らないが、半導体メーカー人の顔は味のあるをしていたので、そういうことだったのだろう。
帰りの飛行機で反省
会議終了後、営業の人とも離れて、新幹線で移動、台北・桃園から飛行機で関西国際空港への機内。一人で考える時間がきました。

確かに。おばちゃんの言う通り、中学3年、高校3年、大学4年、院2年、言わんかったけど、入社して英語研修で半年勉強させられて、TOEIC600ぐらいは行ってブランクがあったとは言え、自分の英語酷いもんよな。

技術的なことばっかりしてたとは言え、何が悪いだろうか。。少し聞けてはいるが、やっぱりこちらから話す方がな。。いかんせんな。。やるか!!
と思いたち、少し勉強を始めることにしました。
その後、自分の基本的な発音とかが出来てないから、心理的なブロックになっていると思いたち、それに特化した教材を探しました。
台湾での出来事 その2
前職では結構よく台湾に行っていました。
代理店の方で日本語の達者な人がアテンドしてくれていたので、そんなに中国語できなくても困らなかったんですが、その人がたまたま別の仕事でいなく、母国語(中国語)と英語ができる営業さんと2人組で装置のソフトウェアの改造に向かった時のことです。例の如く、僕は英語はへたっぴのままです。日本語喋ってくれることにかまけていましたから。
こっちは台湾の新竹ではなく、台中のとある半導体工場内でのこと。たぶん2009年ぐらいのことでしょうか。
そこに悪条件が揃いました。
- 半導体工場のクリーンルーム内での作業(全身防塵服・マスク・手袋着用)
- 紙もクリーン紙しか使用できない上に、クリーン紙もなし。(絵等で説明不可)
- 作業時間を切られた状態でのソフトウェア機能追加改造(生産を止めない為に限られた時間で作業)
- ソフトウェアも他人が作ったものを改造しなければならない。
- 契約等を取りたい代理店営業の独断(しかも英語で喋る)
- 半導体工場内で電話の持ち込み制限で、日本側とも電話も出来ない
まぁ、色々と悪条件です。代理店営業も英語しか共通で喋れないなので、こちらもそこまで英語が出来ないので、反論も出来ず。普通なら持ち帰って最悪でもホテル作業とかなんですが、もう日本に帰らないといけないし、来台の作業費も高いから今回でなんとかやれみたいな事になり。。こういうのは他にも色々とあるのですが。それはまた別の機会で。
さて、結構なストレスフルな状況の中でソフトウェアの改造中のことです。
ホントに追い込まれてる状態での作業のなか。(以下、半導体工場内でのお話なので、クリーン服・手袋着用状態でソフトウェアの改造をしながらを想像して下さい。)

どや、どれぐらいで作業終わりそうや?(英語・意訳)

まぁ、なんとか時間内には改造できるかも。(つたない英語・意訳)

(なんとか間に合いそうやな。英語で話しかけんといて欲しい。)
ここで営業マン満足して、一旦、クリーンルームを後にします。
しばらく後に戻ってきました。

間に合うんやったら、これとこれも追加できひん??(英語・意訳)

えっと。。。。。。。
大フリーズ(1分程度)
そりゃそうです。そうでなくても、英語も拙い上に、作業も続けなければならないし、技術的な説明をして、追加できない理由を説明しないといけないのですから。。(場所的に筆談もできない。)

ええわ。ええわ。作業続けて。

お察し頂けたようでなにより。
その後、なんとか作業を完了して、そのタイミングでの追加もなく。。お客さんに追加改造を行い完了した旨を説明して、お客さんサイン完了。
でも、結局、後日訪問時に機能追加させられましたが。。
帰りの飛行機で反省
大体、一人になるのが、ホテルか帰りの飛行機なのです。

今回もエライ目に遭いかけたけど、まぁなんとか修正出来て良かった。延長してホテルで修正させてくれたら楽やったのに。。
でも、今回みたいにあの人とペアになった時に困るなぁ。。
英語もできんと、まともなコミュニケーションも困る。。
ご飯を食べに行くのも少し地方やと、英語も通じないしな。。
と思い。また英語を勉強しようと思いたちました。少しずつではありますが、英語も勉強をし始めるきっかけに。また、ご飯を食べるのも困ったので、中国語を勉強するのにも少し興味を持ちました。
とは言え、技術的なことも勉強しながら、英語もというのは結構ハードなことでした。
でもそれ以降は、また日本語が達者な人が結構アテンドしてくれたので、楽をしていました。
長くなるので。
まだまだあるのですが今回はこの辺で。また思いだしたら書きますね。
台湾で英語でおばちゃんに説教食らったのはホントに大きなきっかけでした。あれがなかったら、英語も勉強しようと思わなかったんじゃないかなぁ。。仕事自体の大変さもあったんで。
いい経験ですね。

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